2018年6月29日金曜日

第11回 梅雨時に『山の郵便配達』はいかが?

はじめに}この文章は、2016年5月30日発行の『taomoiya雑文集』に掲載された『映画、めくるめく冒険』第6回の文章を再録、ほんの少しの修正をしたものです。

もう6月も終わりですが、再録してまでも皆さんに観てほしい映画があるのです。
あと1~2日で7月がやってきますが、これからも雨は降り続き、じっとりとした湿気が日々を包み込んでゆくことでしょう。
そんな暑くてムシムシな日々に、よく似合う映画です。

*今作の挿し絵は元々カラーで描かれたものでしたが、雑文集掲載時、挿し絵はモノクロでの掲載となりました。
それもまた、墨絵のような雰囲気で作中のイメージとよく合っていましたが、今回のblogではカラーでの掲載をしたいと思います。


6月と言えば、梅雨。
梅雨の時期は、「雨降りでめんどくさいなぁ」なんて思いつつも、濡れた道を歩きながら、いつもと違う風景(特に、森が雨で生き生きしてくる)を見れるから、個人的には好きな時期である。6月こそ、森や山が美しい時期だと思う。
そして6月のイベントとしてもう一つ、それは父の日。

6目の見える距離でいつも忙しいお母さんに感謝する母の日に比べて、目に見えづらい忙しさを持つお父さんに感謝する父の日は、皆さん結構おろそかにしがちではなかろうか(え、そんな事はない? 失礼しました)。
今回は、そんな「美しい森や山々」「父親」というワードがピッタリな、つまり6月にピッタリな映画、『山の郵便配達』(1999)を紹介しようと思う。これは中国の映画なのだが、その感触はかつての日本映画にとても近い。
監督のフォ・ジェンチイは、これが監督第一作目。

ところどころ、荒削りな部分というか、演出が先走っている部分があるような印象も受けるが、とても瑞々しく、何より丁寧だ。
荒削りなところはあっても、雑に撮っていないため観ていて清々しい。


1980年代初期の、湖南省西部の山岳地域。若い男(演:リィウ・イェ)が年老いた父親(演:トン・ルゥジュン)の跡を継いで、山奥に住む人たちの為の郵便配達の旅へと出発する。
だが、相棒であり家族であり道先案内でもある飼い犬「次男坊」が、息子の後をついて行かない。まだ次男坊は、息子が配達人であると認めていないようだ。
父親はきちんと息子に仕事を継がせるため、息子と次男坊と共に、最後の郵便配達へと旅立つ……

 
 
別の国のフィクションの話であるにも関わらず、映画に出てくる風景やそこに漂う土地の匂いを、僕は知っている。
それはきっと、僕の故郷(大分)の風景、かつて旅をした様々な場所、往年の日本映画で観てきたような景色などの色んな土地の記憶が、観ている僕を「懐かしい」と思わせるためかもしれない。
「真面目一筋の仕事人間」だった父親は家にいないことが多く、幼い頃の息子はあまり「父親らしい父親」に触れてこなかった。そのため「父さん」と呼ぶこともままならない。
だが配達の旅をしていくうちに、息子は父親の仕事人としての素晴らしさ、人間臭さに畏敬の念を抱く。
そして次第に、息子は父親に笑顔を見せたり、パイプ煙草をもらって吸うなど、開かれていた心の距離が徐々に埋まっていく。
父親は父親で、息子に優しい目線でもって接する。

仕事の事はきちんと指導するが、その目の向こうには絶えず優しさが見え隠れしている。

配達の道中、一行はトン族という山に住んでいる一族の娘に会う。ちょうど村では結婚式で、村はお祭り状態。
父親が小さな頃から娘を知っているというのもあって、村の結婚式に招かれる。息子と娘が楽しそうに踊っているのを見て、父親は昔の自分と息子をダブらせる。
妻もまた、山に住む民族の娘だったのだ。山の娘と付き合い、結婚し、息子が産まれた。
そんな自分の人生を回想しながら、「息子も、この娘と結婚するのだろうか……」と思っていたに違いない。感傷的(&ほろ酔い状態)になりつつも、ここでも息子たちを優しく見つめている。

川を渡るシーンがある。無理せずに迂回しようと言う父親に対し、息子は大丈夫だと言って、父親を背負って川を渡る。
父親は思い出す。昔、息子を肩車して歩いた時のことを。
息子が幼い頃の、数少ない父と息子の、触れ合いの思い出。
それがいまや、大きくなった息子に背負ってもらっている。
息子の成長に、静かに涙する父親。
ベタながら、やはりここでグッとこないワケにはいかない。
本当に、本当に美しいシーンだ。
 

この映画の父親と息子は、不器用な人たちだ。ウチの場合もそうだが、父親と息子二人っきりという状況は何となく気まずく、言葉少なげになってしまう(そして、心の中でモヤモヤし続ける)。
だから、本音で向き合う機会は滅多にないし、あってもどうすればいいか、戸惑ってしまう。
だがこの二人は、旅の中で少しずつではあるが、お互いを知っていく。
だからこそ、二人は心が通じ合ったのだろう。
終盤では、二人は序盤のような気まずさはなくなっている。
この作品は、映画を通して「人物たちが一歩前に進む話」だ。
先述の川を渡る時も、初めて「父さん」と呼ぶ時も、息子にとっては大きな一歩。
しかし映画は、それらをさりげなく描く。このさりげなさこそ、この映画の持つリズムそのものである。
人物の変化や心が揺れ動く様を大袈裟に描写するのでなく、淡々と、かつ丁寧に撮っているのが、今作なのだ。




最後に……適度な距離感と情感を、この『山の郵便配達』は持っている。
雨降りのために室内でくすぶりやすい6月に、是非とも観てほしい。
もしかしたらこの映画が、あなたに何かのきっかけ(例えば、父親と過ごす時間について考えるとか)を与えてくれるかもしれない……そんな一本なのだから。

イラスト:城間典