2024年5月1日水曜日

第33回 『リンダはチキンをたべたい!』は、ありえない表現とリアルな描写のマリアージュ!

こんにちは!

今回ご紹介するのはフランスのアニメ映画(以下、仏アニ)です。
フランスのアニメ…… 意識しないとなかなか観る機会はなさそうです。
僕も近年の仏アニで観ているのは『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(2015)『ぼくの名前はズッキーニ』(2016)くらいで、他は多少気になっても見逃したりというパターン。
それでも今回観れたのは、ポスターの絵とケッタイなタイトルが気になったからなのです。そして実際に観ると…… と~っても素晴らしい仏アニだったのです!

 

『リンダはチキンがたべたい!』
(2023 / 監督:キアラ・マルタ セバスチャン・ローゼンバック)

 

幼い頃に父親を亡くした8歳の女の子リンダと、お母さんのポレット。
ある日、リンダはポレットに「お父さんの得意料理だったパプリカ・チキンを食べたい」と言う。
しかしタイミング悪く、ストライキ真っ最中の街中で鶏肉が買えない。決意したふたりは、チキンを求めて波乱万丈の冒険へと赴くのだ…!

目に優しいカラフルさも魅力の一つです

字面だと凄く地味な作品ですが、その地味さ、物語のバックボーン、演出が三位一体となって一つの「凄いアニメーション」を作り出しています。

まず、本作のキャラクターたちはシンプルな線で描かれており、しかも一色ベタッと塗られているだけ。
リンダ=黄色、ポレット=オレンジといった具合です。他のキャラクターたちもそれぞれの色で分けられています。
しかも引きの画になると、そのキャラクターの色をした〇が動き回ったりする(色が、輪郭線をはみ出す!)という塩梅で、ぱっと見「色はみ出してる()テキトー?」なんて思ってしまいます。

左:寄りの画のとき  右:引きの画のとき

もっとも、この独特な作画は共同監督のローゼンバックが以前監督した『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(2016)での経験を踏まえ、より発展させたものとなっています。

そしてこの作画は、演出意図にも合致しています。
リンダたちが住んでいる場所は「社会住宅」と呼ばれる、様々な人々が住めるように公的資金を投入している集合住宅です。
あまり裕福でない家族だったり、移民、一人暮らしの高齢者etc……。
このような舞台で動き回る人物たちを文字通り「十人十色」で描き分けているからこそ、本作のキャラクターたちは「多文化共生の国フランス」という現代を生きるテーマからブレずに存在しているのだと思います。


加えてフランスは、デモやストライキが市民の権利としてごく当たり前に行われている国でもあります。
本作のドタバタの発端としてもストが絡んでおり、単に物語のキッカケである以上にフランスという国の“現在”も描かれている事にハッとします。
地に足ついた設定から、ナンセンス極まる物語が展開されていくことが、痛快かつ愉快なんですね。

最初はリンダとポレットの二人だけで進行していたのに、終盤では伯母や警察、ご近所の友人たちを巻き込んでの大騒動に発展していくこの感じ、どこかで……そうだ、ルイ・マル監督が撮った『地下鉄のザジ』(1960)に似た雰囲気なんだ!
思えばあの映画も、田舎からパリの地下鉄を見に来た女の子が、ストのために地下鉄に乗れず街に繰り出して騒動を… というナンセンス喜劇でした。


パンフレットのインタビューを読むと、確かに参考にしている部分もあり、それどころか「アニメーション版のヌーヴェルヴァーグを目指した」とまで書かれていました。
それまでのセット中心で撮影されていた映画とは対照的に、街頭にキャメラを持ち込み、即興的に撮影した、フランスが誇る映画史の革命“ヌーヴェルヴァーグ”。
その精神がアニメーションに引き継がれたのは興味深いです。

この撮影では、まず“音”から録音したそうです。
しかも録音スタジオだけでとったのではなく、実際に外へ出て、キャラクターが取る演技を実際に俳優にさせながら録音したのです。
例えば劇中、団地内のエレベーターでサッカーに興じる子ども二人の場面があるのですが、それは本当に団地のエレベーターで子どもにサッカーをさせながら台詞を言わせているのです。
キャメラで撮影をしない以外は普通の映画の現場みたいだったと言う、驚きの手法です。
そして、録音された「生き生きとした台詞、効果音」の魅力を損なわないよう、キャラクターたちの作画も即興性溢れる、臨場感に満ちた描かれ方をしています。

躍動感を大事にした絵と音。それらは劇中何度か挟まれるミュージカルシーンで表現の真骨頂を見せていると言っても、過言ではありません。
直線的に語るだけでは取りこぼしてしまいそうなキャラクターたちの物語、背景をミュージカルが補完してくれ、とりわけ最後に歌われる、亡きお父さんの歌パートは最も脈絡なく挿入されながらもグッときます。表現かくあるべし。

このモコモコしたものは鶏。これで動き回るんで初見時は爆笑でした

今回は演出的な面から本作の魅力について書きましたが、それが全てではありません。
リンダとポレットが何故そこまでチキンを手に入れ、パプリカ・チキンを作る事にこだわるのか。
かすかな記憶を繋ぎとめるために出来ること、しておきたいことって何なのか。状況こそ違えど、誰にも起こり得る問題提起を描いています。


とは言え、先ずは本作の世界観にドップリ身を委ねることから始めましょう。
そして大いに驚き、笑い、しみじみし、チキンを食べたくなったら良いじゃないですか!


イラスト:岩佐悠毅
とにもかくにも観てみないと面白さ、凄さの伝わりづらい本作。
先ずは予告編をご覧になってみてください。