2024年11月2日土曜日

第36回 映画好きを喜ばせる男、黒沢清の最新作2本をレビューの巻。後半『Chime』篇。

 この記事を書いている10/23現在、天気は曇り。曇り模様の時に聞きたい音楽はサティ、観たい映画とくれば黒沢清。
というワケで、黒沢清の新作レビュー、2本目の作品をご紹介します!

『Chime』(2024年 監督・脚本:黒沢清 主演:吉岡睦雄)
料理学校で講師として生計を立てている男、松岡(演:吉岡睦雄)。ある日、生徒の一人が「チャイムのような音が聞こえる。誰かがメッセージを送ってきている」と言いだし、別の日に自害した。平凡な毎日を過ごしていたはずの松岡の生活が、「音」をキッカケに徐々に狂いだしていく……。

配信の独占販売という制作体制で作られた本作。映画館でもボチボチ上映されており、シネマ5での上映に乗っかる事が出来ました。上映時間が45分と中編規模の短さですが、その短さを活かして、最も黒い部分の「清エキス」が凝縮された形となっております。

最初のタイトルバックが料理教室の天井を映しているもので、パッと見「このメタリックなものはなんだ?」と不思議な感覚に陥ります。それがパンして、映っているものが調理風景だと認識して初めて料理教室の天井だと分かり、この不思議な導入からして只ならぬ雰囲気です。
「何か、なにかヤバい事が起こるぞ」と思わせる入り方です。
そして、生徒たちに優しく指導している松岡の姿。この時点で松岡の目に生気がない辺り、さらに不気味です。

そして、あらすじに書いた通りに進んでいくわけですが、本作は人物たちに聞こえている(であろう)「音」を際立たせるためか、音楽を基本的に流さず、調理器具や生活の場音などの「日々に溢れている音」を観客に意識させるような音響設計をしています。
包丁で材料を切る音が、包丁をまな板に置く音が、村岡の妻(演:田畑智子!)が取り憑かれたように空き缶を「ガラガラガラガラ」と捨てる音が、全てが薄気味悪い。
時々「おやっ?」と思わせる音が聞こえてきて、「これがチャイムの音なのかしらん」なんて思いながら鑑賞しつつ。

妻が取り憑かれたように~と書きましたが、今までの清映画がそうであったように、本作でも「家庭=安住の場所」ではありません。むしろ清映画においては、外界で起こっている不可解な出来事や事件ばりに「家庭=不穏な場所、休まる事のない場所」として描かれています。
「家庭を持つ事とは外へ向けたかりそめのもので、その実態は墓場のようなもの」とでも言っているかのようです。こわいなぁ。

聞こえたのか否か、中盤に村岡は「ある行動」に出ます。その時の感情が一切こもっていない表情、動作。
「あぁ、操られている人ってこう動くのかも」と思わせるほどの動きで、吉岡睦雄という役者は心底恐ろしい人だとドン引きしました。
(『Cloud』でも得体の知れない自警団メンバーを演じていて「なんだこの人は」と面食らいました。上手い人だ……)

疑心暗鬼にかられた村岡が家の中で見たもの、そして家の外を出てから見た、聞いたもの。
何が映っているのかよりも「何かが映ってしまっているように見える、何かが聞こえてしまっているように聞こえる」という描き方をしたこの一連のシーン。
このシーンで僕は「もう……もう、やめてくれぇ」と大変ゲンナリしてしまったのです。禍々しい雰囲気と音が、全身に襲い掛かって来るような感覚。
それまでのくだりも充分怖かったのですが、トドメを刺されてしまいました。

もう一回観たいと思いつつ、2日連続で観るような映画ではない(そんな事したら、数日動きたくなくなると思う)し、かといって一週間限定上映だったため、その時の1回で終わったワケですが……。嫌なもの、怖いものって頭にこびりつくものですね。
最近は『散歩する侵略者』(2017)『スパイの妻』(2020)『Cloud』(2024)など、メジャーな作品でも確かな手腕を発揮していた黒沢清監督。ここに来て、小粒ながら原点回帰とでも言いたくなる傑作を放ってくれました。
この監督は十八番演出が多いので、ともするとマンネリと揶揄されそうなものです。
しかし、どの作品もしっかりとハラハラドキドキ、時々ジメ~っと嫌~な気持ちにしてくるので、流石だなぁと新作を観る度に感心しちゃうのでした。

本作にも『Cloud』にも、ヒラヒラとなびきながら観客を恐怖へと導く
「清カーテン」の描写、ありますよ!

さぁ、黒沢清監督の新作『Cloud』『Chime』の感想を書いてきました。
ここでお気づきかと思いますが、僕は柴咲コウ主演の『蛇の道』(2024)を見逃してしまいました……。哀川翔が主演のオリジナル版は、黒沢さん作品の中でも上位に来る好きな映画なのと、大好きなマチュー・アマルリックさんが出ている(舞台をフランスにしている!)のもあって凄く観たかったんですが……。場所とタイミングが合わなかった……悔しい。
何はともあれ、黒沢清監督はまだまだ衰え知らずの監督だという事で一つ、今回の記事の〆とさせていただきます。
ではまた!

2024年11月1日金曜日

第35回 映画好きを喜ばせる男、黒沢清の最新作2本をレビューの巻。前半『Cloud』篇。

 こんにちは!
前回のブログから、もう二ヵ月が経っていました。我ながら唖然茫然。
締め切りがないというのは、恐ろしいものです。
おかげで本ブログが生きているのか死んでいるのか分からない、ゾンビのような存在と化していますね……。すみません。
加えてここ最近の内容ときたら、生存報告だとか趣味の話ばかりで、映画の話をロクにしちょらんかった!(前回は一挙レビューという形)
ブログのアイデンティティ~ッ!

なのでっ! 今回は新作をレビューしちゃうっ!
内容はっ! 今年2024年に3本もの新作を放った黒沢清監督の2本をご紹介っ!
『CURE』(1997)『トウキョウソナタ』(2008)『スパイの妻』(2020)など、マイナーなホラーから最近はメジャー大作も手掛ける黒沢監督。どんな規模であろうと「清節(きよしぶし)」を忘れずに観客をゾクゾク&ニコニコさせる、エラ~イ監督さんです。
先ず紹介する1本目は、菅田将暉と初タッグで臨んだアクションスリラーだっ!


『Cloud』(2024年 監督・脚本:黒沢清 主演:菅田将暉)
転売行為で荒稼ぎをしている男、「ラーテル」こと吉井(演:菅田将暉)の身に起こる、不審な出来事の数々。
それは、吉井の事を恨み、正体を突き止めんとする人物たちの暗躍であった……。

より良い生活のために転売にのめり込んでいく吉井の姿は、一緒にいる恋人の秋子(演:古川琴音)含めて皮肉たっぷりに描かれてます。物を買い占め、それをドカッと売りさばき、買ってもらう事で自身が世界を動かしていると錯覚している男と、それに引っ付いておこぼれを頂かんとする女。現代らしい、イヤ~な縮図ですね。
そんな彼らの周りで起こる数々の出来事は、不気味な描写ばかり。この辺りは黒沢清の真骨頂でしょう。吉井だけでなく、僕たち観客もしっかり怖がらせてくれます。

が……後半。後半からは、ハッキリ言って別のジャンル映画に変貌します!
これを「映画」というハッタリ前提の娯楽における冗談だと思うか、はたまた「何だこりゃ、ふざけやがってる!」と怒るかは、あなた次第。
僕はあまりの変わりっぷりに、良い意味で笑うしかありませんでした。
「結局、○○したかっただけじゃん!」みたいな。
あまつさえ、1ショットだけ雪が降りだす始末。意図的にと言うよりは、そのシーン撮ったらたまたま降ってきた&効果的だから映しちゃえ! みたいな感じで。
黒沢さん、映画の神様に好かれまくってます。

そして黒沢映画と言えば、ロケ地。今回もまた素晴らしいロケーション(廃工場)を見つけてきています。
毎度毎度こんな面白い場所を見つけてくるなんて、黒沢さんはマニアなんでしょうか。
吉井たちが都会の喧騒から離れて暮らし始める湖畔の家もいい塩梅の静けさと不気味さをたたえています。若いカップルがあんな所で暮らし始めると、住む側も地元側も気が気じゃなさそうですが。

最後に、無精ひげを生やして転売ヤーを演じている菅田将暉も良いのですが、本作は周りの役者も良い顔ばかり。転売票の先輩・村岡(演:窪田正孝)、吉井が表向き勤務をしているクリーニング工場の社長・滝本(演:荒川良々)、吉井を逆恨みする青年・三宅(演:岡本天音)、吉井粛清グループの男・矢部(演:吉岡睦雄)、そして恋人だから、という理由以上に神出鬼没な存在である秋子。
みんなどこか不気味で、かつ存在感がある。顔の系統が似ているのか、窪田正孝と岡本天音をゴッチャに観てしまったのは、ここだけの話です。
名前はよく見かけるけど意識して演技を見ていなかった人たちばかり(古川琴音と荒川良々を除く)だったので、「良い役者じゃ~ん」と(エラソーに)思いながら観てました。吉岡睦雄さんの得体の知れなさなんて、フツーに怖いし。
なんとなくなんですけど、黒沢さんは魚顔の人が好みだったりするんでしょうかね。

と、長々と『Cloud』について書きました。スリラーとしてのツボも押さえつつ、清節(きよしぶし)も盛り込まれた、実にオイシイ映画となっております。
取っつきやすさもあるので、黒沢清に慣れていない方にもオススメの映画です!

※1本目のレビューが長くなったので、もう1本は次回にアップします。
もう1本は、より「ザ・黒沢清」印の、気持ち悪~い映画(誉め言葉)です。

黒沢清と言えば、カーテン。
イラストで描くのはムズイので、自宅のカーテンで真似事。