2023年10月4日水曜日

第29回 京都みなみ会館、閉館後へ行くの巻

こんばんは!
今日は京都駅側へ向かう用事があったので、それならばと京都みなみ会館へ向かいました。
閉館してから、初めて行きます。
もう此処で、映画を観る事はないんだな……。

ここ数日、当ブログで振り返り記事を書き続けたためか「この建物はどうなるんだろう」と先の事を考えてしまいました。

2023年10月3日火曜日

第28回 京都みなみ会館で観た印象深い映画たちのこと

こんばんは!
2023年930日、京都市内にある一つの映画館が閉館しました。
その名は、京都みなみ会館。
京都シネマや出町座など京都市にはいくつかミニシアターがありますが、その中でも個人的に多く通っていたのが本館でした。
今回は通常の映画レビューをお休みし、この映画館についての思い出を書き留めようと思います。

*連続投稿の最終回は、京都みなみ会館で観てきた数多くの映画たちの中から、印象深かったものたちについて書いていこうと思います。
1回目に書いた「京都みなみ会館のこと」はコチラから。
2回目の「京都みなみ会館のオールナイトのこと」はコチラからご覧ください。
新旧みなみ会館の姿

2011年に観た映画たち

『マイキー&ニッキー』(1976年 エレイン・メイ)
俳優にしてインディーズ映画の父と言われたジョン・カサヴェテスの映画には、DVDでレンタルして既に心掴まれていました。本作は彼が盟友ピーター・フォーク(刑事コロンボの人)と出演した、異色のギャング映画です。派手なドンパチはなく、ひたすら夜の街中を走り抜ける二人の姿に、映画に身を委ねることの幸せを感じました。
オッサン二人がうろついて、飲み食いして、くっちゃべって、喧嘩する。たったそれだけの事が、どうしてこんなに切なくなるのか。それはきっと、誰にだって起こり得る事だから。
ジャンル映画の形を借りて人間普遍の姿をフィルムに焼き付けたエレイン監督は、素晴らしいなぁ。
本作については過去にレビュー記事を書いておりまして、良かったらコチラから見てみてください!
 

『天国の日々』(1976年 テレンス・マリック)
70年代アメリカ映画リバイバル企画により、ニュー・プリントのフィルム上映で観る事が出来ました。
大好きな映画でしたが、市販のDVDはちっとも綺麗な画質ではなかったため、大画面であの美しさを観れた事は映画人生で上位に来る感慨深さでした。
思い入れの深さも込みではありますが、マリック監督永遠のテーマである「人と自然が生きる事、人という生き物のちっぽけさ」をバランスよく見事に描いた作品は、やはり本作に尽きると思います。
 

『アンダーグラウンド』(1995年 エミール・クストリッツァ)
「映画を政治的に」とはゴダールが掲げたスローガン(のはず)ですが、本作のストレートっぷりは凄まじいものでした。政治から生まれた悲しみや怒りを賑やかな画面と音楽に乗せ、まるでお祭り騒ぎのように描いている!
戦争によって何を得られる?それ以上に何を失う?
現実に起こった事を寓話のように描き、強烈なメッセージと共に映画で届けた思いを、僕たちは今一度受け止めて現実と照らし合わせ考えていかなければなりません。
 

2012年に観た映画たち

『追悼のざわめき』(1988年 松井良彦)
邦画史におけるカルト映画の極北として、名前だけ記憶していた本作。それがデジタルリマスター版として上映されると聞いて、大学の友人と一緒に行きました。どんな恐ろしいものが映っているのかと思いきや、確かに描かれているものはタブーなものだらけ&現在だと通用しないだろうゲリラ撮影の数々でした。
しかし根底的なところは美しいものを観ているような、そんな気になっていました。
その上映回には松井監督のトークショーがあり、危なっかしい撮影の裏話も聞けました。
映画学科で映画制作を学んでいる身としてはタメになりましたが、さすがに真似は出来ません……。
観たのはその時の一回限りで忘れている箇所も多いので、今見返すと当時より驚いたり「げぇ~」となるかもしれませんが、それもまた映画との面白い再会だな、とも感じるのです。
 

『銀河鉄道の夜』(1985年 杉井ギサブロー)
他の映画を観に行く度に予告編が流れていた本作。ふ~ん止まりだったけど観に行ったのは、挿絵を担当しているパートナーの城間さんが先に鑑賞して「凄く良かったよ!」と勧めてくれたからでした。
そして観に行ったら…… 好きなアニメ映画のトップに躍り出ました。
こんなに静かで、神秘的で、美しくて、情熱的で、切ないアニメは観たことがありませんでした。
別役実による詩情をたたえた脚本。ますむらひろしによる「猫をキャラクターデザインにする」大胆さ。細野晴臣による身体の奥底にまで響いてきそうな美しい音楽。田中真弓、坂本千夏らによるキャラクターの「心」に寄り添った確かな演技。そしてそれらの要素をバラバラな印象にせず見事に紡ぎあげた、杉井ギサブローの演出力。
確か本作も、フィルムで観たような気がします。
フィルムで触れる暗闇は、どこまでも続くような魔力がありますね。
上映が終わって自転車での帰り道。地上の光であまり見えない真夏の星空を見上げながら想いを馳せたことは、言うまでもありません。
 

『一条さゆり 濡れた欲情』(1972年 神代辰巳)
『恋人たちは濡れた』(1973年 神代辰巳)
『㊙色情めす市場』(1974年 田中登)
『人妻集団暴行致死事件』(1978年 田中登)
『赫い髪の女』(1979年 神代辰巳)
『天使のはらわた 赤い教室』(1979年 曽根中生)

やくざ映画やポルノ映画を観る時って、何だか少し不良っぽい雰囲気を漂わせて行きませんか?
度々行われていたロマンポルノの特集に行く際、僕はいつもそんな感じでした。

神代監督の映画を観る時は物語云々よりも「神代節を観に行く」という感覚でいて、流動的なキャメラと男女の交わりに身を委ねていました。
一番好きな神代映画は『赫い髪の女』ですが、『恋人たちは濡れた』の美しい“運動”を映画館のスクリーンで観れた事は忘れられない体験です。
田中監督の場合は「きちんと物語を語っており、その中でハッとするようなイメージを持ち込む人」という印象。『めす市場』のゲリラ撮影による猥雑なリアリティーは、物語に重要だからこそ撮れた田中監督ならではの表現だと思いますし、『人妻集団~』での粗筋だけでは伝わらない映画の(若者たちの、と言っても良いか)躍動感と確かな描写は、たった一度の鑑賞にも関わらず今でもありありと思い出す事が出来ます(Blu-ray化かDVDの再版してくれー)
曽根監督は「映画を破壊しかねないアバンギャルドさを持った人」ですが、『赤い教室』で描かれた物語の情念と映像のねちっこさ(そして時にクールに突き放す)にはメガトン級の衝撃を受け、ショックこそ凄かったものの「凄い映画を観た」と場面を反芻しながら帰り道を歩いたものです。

*京都駅八条口の高架下には、ボロい雰囲気の天下一品があります。ロマンポルノを観た後にここでラーメンを食べると何だか昭和の時代にいるような感覚になって、誰にも共有されない満足感を得ていました。
ただ、現在は改装したのか以前より小綺麗になっていて、少し残念。
 

『惑星ソラリス』(1972年)
『鏡』(1975年)
『ノスタルジア』(1983年) 以上、監督:アンドレイ・タルコフスキー

特集上映で初めて触れた、ロシアの代表的映画監督であるタルコフスキーの映画たち。どれもウキウキして観たはずなのですが……。
ものの見事に寝てしまいました。DVDで再チャレンジしても寝落ちして、完走できたのは何度目のリベンジだったか。
しかし映画館で(不本意でなく)眠ることも、かけがえのない経験なのだとも思えました。
音楽を聴くように映画に身を浸すという例えが、この監督ほど似合う監督もいないのではないでしょうか。
 

『アレクサンダー大王』(1980年)
『霧の中の風景』(1988年)
『ユリシーズの瞳』(1995年)
『永遠と一日』(1998年) 以上、監督:テオ・アンゲロプロス

巖谷國士さんの映画本で名前を知ってから、観たかった監督の一人でした。
勇んで椅子にもたれかかると、いずれの作品も長尺で長回しが多く、またしても心地よい眠りに……。
しかし、どの映画にも忘れ難いショットやイメージがあり「ああ、この一つのショットだけでこの映画の事はずっと忘れないな…」と思ったものです。
時にシリアスで、時に(群衆のワチャワチャ具合が)ユーモラスに見えるアンゲロプロスの映画。
不慮の交通事故で亡くなってから11年になりますが、未だにショックが続いています。
 

2014年に観た映画たち

『野のなななのか』(2014年 大林宣彦)
『この空の花 長岡花火物語』(2012)から2年、長岡から北海道芦別を舞台に移した本作は、現在と過去が入り乱れ、個人史における戦争の悲惨さを描いた熱量の高い映画でした(大林映画は本作に限らず、いつだってエネルギーに満ちているんですけどね)
何故これが印象深いかと言うと、下世話な話ながら鑑賞中すさまじい腹痛と便意に襲われ、一刻も早くトイレに行きたかった映画体験だからなのです。
「トイレに行きたきゃ行けば良いじゃん」と言われると「ですね」としか答えようがないのですけど、やはり我慢できるものなら全編を目に焼き付けたいではありませんか!
171分ある内の何分くらいから行きたくなったのかな…… まだまだ中盤、といった辺りだったか。
よもや大林さんも、自分の映画でこんなにトイレを我慢されるとは思ってもいなかった事でしょう。
そんな大林さんも『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(2020)を遺作として、彼岸の人となりました。
生きている時は最新作も「監督ってば、またこんな変な映画撮ってさ~」なんて冗談を言えたものですが、新作がない現在ではカオスの極み&ふざけ倒している旧作(『HOUSE ハウス』や『ねらわれた学園』など)すら、観ていると悲しくなってきます。
 

2019年に観た映画たち

『パンク侍、斬られて候』(2018年 石井岳龍)
2019年に移転オープンした新みなみ会館で、初めて観た映画です。
石井聰亙監督が石井岳龍に改名してからは、映画のノリが依然と変わっていて進んで観ていなかったのですが、試しに観てみるとコレが滅法面白い映画でビックリしたのでした。
綾野剛、北川景子、渋川清彦、村上淳、國村隼といった個人的に苦手な俳優陣(または「また出てるわ~」と見る度に思う人たち、とも言う)がスゴく良くて「撮る人次第で、俳優って魅力的に見えるもんだな~」と偉そうに感心してしまいました。
語り部だけかと思っていた永瀬正敏さんも、まさかあんな形で出てくる(いくら猿顔だからって)とは…… おふざけも極まれば芸術だ!
と言わんばかりの、痛快無比な映画でした。
パンク万歳!
 

『恐怖の報酬』(1977年 ウィリアム・フリードキン)
京都シネマで初鑑賞、シネマ神戸で2回目、新みなみ会館で3回目、そして今年(2023)7月に閉館のアナウンスを受け、同じく新みなみで4回目。この映画だけは、デカいスクリーンでかかっていると聞くと映画館へ足を向けちゃいます。
結末だって分かっているのに、それでも毎度ハラハラしてしまう。何度も観たクレジットなのに、いつも「カッコいいぜ!」と唸ってしまう(なぜか僕は、黒地にデカい白文字のタイトルクレジットが大好きなんです)
映画鑑賞って、単に「気になる映画を観に行く」時があったり「イベント的なノリで観に行く映画」の時もあります。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)『シン・ゴジラ』(2016)『この世界の片隅に』(2016)といった一定数のファンがいる映画に起こるこの現象、僕にとっては本作がそれに該当するようなのです。
人物たちと一緒に崖っぷちを走り、吊り橋のシーンで運命のイタズラに驚愕・戦慄し、時折ホッと胸をなでおろす。大きなスクリーンで観るからこそ、こんな風に疑似体験的に映画を楽しめるんでしょうね。
 

『ラスト・ワルツ』(1976年 マーティン・スコセッシ)
数ある音楽ドキュメンタリーの中でもスコセッシ監督作品の中でも、トップに挙げちゃうくらい大好きな本作。
新みなみで上映される時点で既に出町座で上映されていましたが「やはりデカいスクリーンで観なきゃ!」というワケで行ってきました。
フィルムの味わいが良い意味で残っており、リマスター効果は言うほど感じなかったのが正直なところ。しかし「綺麗な画面で」よりも、「大きな画面&大音量で浴びるように鑑賞する事」が目的でしたから、大満足でした!
オープニングから涙ちょちょ切れ状態で、何度観てもジョニ・ミッチェルがカッコよくて、オイシイのはやっぱりボブ・ディランで、だけどザ・バンドの話からアメリカのロック音楽史が垣間見えるような気がして……。
エンドクレジットでは「はあぁ~ん。」と、幸せのため息をつきました。
 

Let the Right One In(2008年 トーマス・アルフレッドソン)
邦題が『ぼくのエリ 200歳の少女』で知られる、ヴァンパイア映画の美しすぎる傑作。
同じ原作者の映画『ボーダー 二つの世界』(2018)公開記念で、特別にフィルム上映されました。
まだ大分県にいた高校生当時、今はなき映画秘宝で本作の存在を知り、地元の映画館シネマ5で観たのが最初でした。
静かな雪景色に映える人間の赤黒い血。そして雪のように真っ白な肌をした少年少女たちの触れ合いに胸が熱くなり、大切な映画の一つになりました。
輸入盤Blu-rayも持っていた(わざわざ輸入盤なのは、国内盤にあった無粋極まりないモザイクが無かったから)けれど「映画館で再び、しかもフィルムで観れる!」とあって、問答無用で鑑賞してきました。
いつ観ても感動の映画ですが、その時ほど待ちわびて堪能した時間はなかったです。
何度か観ていたぶん細かいところまで目が届き、改めて丁寧に描かれた映画なのだと気づきました。


2021年に観た映画たち

『アメリカン・ハニー』(2016年 アンドレア・アーノルド)
今や新作が発表される度に話題をさらう映画スタジオ、A24。この映画はイギリス人作家アンドレアが監督したアメリカを旅する若者たちを描いたロードムービーで、この「ロードムービー」という一点に興味を惹かれ鑑賞しました。
なんせ監督もキャストも知らず、唯一名前を知っていたのは『トランスフォーマー』シリーズに出ていたシャイア・ラブーフのみ。あの頃は“ラブーフ君”といった風情でしたが、本作ではチョイと危ない大人の雰囲気を見事にたたえており、成長の月日を感じずにはいられませんでした。
生活に困っていたり、新しい土地で人生を始めようとする若者たちがバンで移動しながら、雑誌販売で生計をたてるという筋書き。演技経験のない人たちを集めたと言いますが、どの人物も存在感ありありで演技の引き出し方が上手いんだと思います。主人公スター(ティーンエイジャーの女の子)は当初戸惑うものの、この移動するコミューンに慣れてきて疑似家族のような関係になっていきます。
定住の日々で味わっていたクソみたいな毎日から抜け出し、決して楽ではないけど楽しみも悲しみも共有できる仲間がいる。これは逃避でもなんでもなく、それぞれが自分の意思で導き出した生き方の一つ。
果てしなく旅は続くけど、映画には限りがあります。163分の長尺も、流れに乗ってしまうとあっという間の時間でした。
日本ではソフト化されていない&上映がたった1(後日、もう1日だけ上映されました)とあって、大盛り上がりの上映でした。
 

いかがだったでしょうか。
薄々分かっていた事ですが、旧作率高いな…。そして印象深かった映画たちを集めたからって、やっぱり2011~2012年が多いな…。
ただ、みなみ会館のリバイバル上映のおかげで初めて観れた旧作が多かったものですから!

ゴダールやトリュフォー、アキ・カウリスマキの特集上映や、大好きなロックオペラ『Tommy(1975)を大音響で観れた事、オールタイムベスト1映画であるジャームッシュの『デッドマン』(1995)を念願叶って映画館で観れた事など、書き足りないものがまだまだあります。
本当に個人的に印象的な映画の列挙だったので、「お前の話なんか知らんよ」と思われるかもしれません。
でも、こうして思い出しながら書き留める事で頭の中に残っていた映画たちが文章となって残り、映画の記憶だけでなく無くなった映画館そのものの記憶も、いつだって思い出す事が出来るのです。

京都みなみ会館に携わった全ての方へ。
数々の映画と、それにまつわる思い出を有難うございました。
アキ・カウリスマキ特集の際に貼られていた、当時のポスター。
『愛しのタチアナ』は本編も大好きだけど、ポスターも可愛らしくてメチャ欲しい。

2023年10月2日月曜日

第27回 京都みなみ会館のオールナイトのこと

こんばんは!
2023年930日、京都市内にある一つの映画館が閉館しました。
その名は、京都みなみ会館。
京都シネマや出町座など、京都市にはいくつかミニシアターがありますが、その中でも個人的に多く通っていたのが本館でした。
今回は通常の映画レビューをお休みし、この映画館についての思い出を書き留めようと思います。
 
2回目は、京都みなみ会館の名物でもあったオールナイト上映の事を書きます。
1回目に書いた「京都みなみ会館の思い出」はコチラからご覧ください!
 
 
そう、京都みなみ会館と言えば、何と言ってもオールナイト(以下、AN)上映です。
「大学生で時間とヒマがあったから」と言えばそれまでですが、今現在の生活では考えられないくらいオールナイトへ行っていました。
「コレを観たい!」と思って行ってみると、ラインナップの中にあるノーマークだった映画が面白くて新しい発見、なんて事もありました。こういう出会いがあるのも、ANの良いところです。
人気のANになるとロビーに収まらずに出入り口まで長蛇の列が…… なんて光景も、コロナ後である現在からすると幻のようにも感じられます。
 
 
201164日「松田龍平ナイト」
『ナイン・ソウルズ』(2003)→『恋の門』(2004)→『46億年の恋』(2005)→『青い春』(2001)
 
これが人生初のANでした。豊田利晃監督の『青い春』(2001)は観ていたものの、大画面&フィルム上映により別物のような感覚で触れる事となりました。
46億年の恋』は寝ぼけ眼での鑑賞だったので、歪みまくった夢を見ているような感覚に陥りました。
今や偏愛映画である『恋の門』(2004)も、この時に鑑賞してゾッコン惚れこんだのでした。
それにしても松田龍平は、つくづく映画映えする顔です。
 
 
20111119日「U.K.ロック×映画ナイト」
『トレインスポッティング』(1996)→『コントロール』(2007)→『グラストンベリー』(2006)→『(500)日のサマー』(2009)
 
初の洋画AN。気合を入れて臨んだはずが、しっかり見れたのは『トレイン~』くらいで、『コントロール』『(500)日~』はうろ覚え、『グラストンベリー』に至っては「コレあったんだっけ」と忘却の彼方。
しかしこのANのおかげで、京都みなみ会館=『トレインスポッティング』という図式が出来上がりました。
(『トレインスポッティング』と『青い春』は、その後も度々上映されていたため)
 
 
20111210日「京都怪獣映画祭ナイト」
トークショー(久保明、福田裕彦)→福田裕彦 怪獣・特撮映画音楽ライブ→『怪獣大戦争』(1965)→『大魔神』(1966)→『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967)
 
「みなみ会館と言えば怪獣!」と言われるほどになった、怪獣映画祭の第1回です。
スタートを切るにふさわしい大迫力大興奮の3本ですが、驚いたのはゲストでいらした久保明さん。
若い頃の優しく甘いマスクはそのままで素敵に年を重ねられており、思わず「自分ときたら…」と意味もない比較をしてしまいました。ちなみに久保さん、上映された『怪獣大戦争』の事はあまり記憶になく、なんといっても『マタンゴ』(1963)が印象深い仕事だったとトークイベントで仰っていました…。
怪獣映画祭の司会者として毎回来ていた木原浩勝さんは、新耳袋の人として名前だけは知っていました。
が、氏が凄い怪獣オタクかつジブリで働いていたと知った時は「人生色々だなぁ~」と、変な驚き方をしてしまいました。
 
 
2012428日「相米慎二ナイト」
『翔んだカップル』(1980)→『セーラー服と機関銃』(1981)→『台風クラブ』(1985)→『お引越し』(1993)
 
強く印象に残っているのは『セーラー服~』で、経年劣化したフィルムで上映されたため赤っぽくなっており、全編を通して夕焼け模様といった有様でした。でもそれが悪かったと言いたいのではなく、映画館のフィルム上映でしか味わえない経験を楽しめて良かったなと、当時も今も思います。
『台風クラブ』のうねるような熱量と悪夢っぽさにクラクラした後の『お引越し』は、〆にふさわしい爽やかっぷりでした。
*『翔んだカップル』はディレクターズ・カット版で上映されたのですが、タイトル曰く『翔んだカップル ラブコールHIROKOオリジナル版』が正式名称だそうで…… なんか凄いな。
 
 
2012128日「『赤い季節』公開記念オールナイト DEAR OUTLAW FILMS
『青い春』(2001)→トークショー(新井浩文、能野哲彦、村上淳)→『タクシードライバー』(1976)→『殺しの烙印』(1967)→『コントラクト・キラー』(1990)
 
『赤い季節』(2012)の監督・能野哲彦さんがチョイスした映画のAN
主演の新井浩文目当ての女性客でごった返していたかと思うと、彼のトークショー(村上淳も登壇)が終わった途端ゴッソリ観客数が減った事が、怒りと共に思い出されます。
「しょせん映画じゃなくてナマの有名人見たいだけかよっ!」と。
しかも『殺しの烙印』の時にはシュールさ故か笑いが漏れ、しかも笑いの種類が「俺()たち、ちゃんと分かってますよ」的な冷笑的な笑いだったため、それにも腹を立てるっていう…… 我ながらめんどくさい映画ファンです。
でも、ラインナップも内容もサイコー!
 
 
201383日「奇々怪々ナイト」
トークショー(みうらじゅん、田口トモロヲ)→『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969)→ゲストによるセレクト覆面上映2
 
ブロンソンズのお二人がゲスト&作品チョイスをしたANで、トークショーで質問をした際に特製AMAバッヂ(海女。あまちゃんブームでしたからね…)を頂きました。
石井輝男監督の『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969)がデカいスクリーンで観れるとあって、勇んで行った覚えがあります。
ケッタイな映画の代名詞として名を知られている本作ですが、なかなか泣かせるシッカリした映画だと思うのは僕だけですか!?
後の2作品は、お二人の選んだ覆面上映。トモロヲさんの選んだ一つは覚えているのですが、みうらさんが何を選んだか、忘れてしまいました…。
 
 
2014426日「真夜中のサスペリアナイト」
トークショー(浅尾典彦)→『サスペリア』(1977)→『サスペリアPART2完全版』(1975)→『アクエリアス』(1986)
 
でっかいスクリーンでギンギラガンガンな『サスペリア』を観るというのは、初鑑賞以来の長年願ってきた夢。それを叶えてくれたのがこのAN。この夜の収穫と言えば、アルジェント監督の弟子であるミケーレ・ソアヴィ監督の長編デビュー作『アクエリアス』でした。
舞台で起こるフクロウ男による連続殺人は画作りや殺され方などが凝っており、つかみバッチリのオープニングシーンも格好良く、嫌らしさのないビジュアリストっぷりに大いに酔わされました。
後年観た『デモンズ‘95(1994)も、噂に違わぬ傑作でした。
惚れこんで「Blu-rayを買おう!」と誓っておいて、
未だに買っていない怠け者。

2014816日「京都怪奇映画祭ナイト」
『帝都物語』(1986)→トークショー(嶋田久作)→『地獄』(1960)→『マタンゴ』(1963)
 
このANでは眼鏡を忘れる大失敗をやらかしてしまい、気づいた時は「もう嫌だ!綺麗に観れないなら帰りたい!」と思ったものの、いずれも大画面の迫力で魅せる映画だったので何とか楽しむことが出来ました(既に観ている映画たちだったのが救いでした)
『地獄』のタイトルバックは、デカデカと殴り書きのクレジットにストリップ風の映像と叫び声や荒ぶる音楽が乗っかるという、実に気〇いじみたものですが、みなみの大スクリーンでそれを観た時、お口あんぐりになってしまいました。こんな強烈な『地獄』は初めてだ!と、ボケた目でもハッキリ分かる映像の力でした。
このANは友人と行っていて、しばらくは田村役で出演していた沼田曜一のモノマネばかりしてました。
「接吻しろぉ!」とか「黙れぇ!」とかです。田村が出て来る時の異常な効果音(ビュウゥッ!と強い風の音のような)もマネしてました。バカですね~。
そして目玉は『マタンゴ』の上映。何故かと言うと、このANのために劇中で食べるキノコを和菓子屋さんに頼み、再現販売してもらったからなのです!
名付けて、マタンゴのきなこもち。
しかも中野昭慶特技監督がビデオメッセージで出演し、撮影時の思い出話を語ってくれるオマケつき。
みんな(僕らも)ゾロゾロ並んで購入し、映画の終盤、水野久美が「美味しいわぁ」と言いながらキノコをパクつき、それを見た土屋嘉男が美味しそうに食べるのに合わせて「カシャカシャ…」と一斉にフードパック(プラスチックのお惣菜入れるヤツ)を開く音が。そして各々、真夜中に甘~いきなこもちを頂いたのです。
「あそこまで一体感のあるシュールな映画体験は無いんじゃなかろうか、いや、無い!」と断言できるほど、面白いANでした。
 
 
2014920日「大人のための実相寺劇場 光と影そして、エロス」
『アリエッタ』(1989)→トークショー(古林浩一、堀内正美)→『ラ・ヴァルス』(1990)→『ディアローグ[對話]より堕落 ~ある人妻の追跡調査~(1992)『隣人』(1993)
 
悔やんでも悔やみきれないANと言えば、このANです。
実相寺監督はテレビや映画のみならずアダルトビデオも撮っていた人ですが、それらを上映するという珍しい企画で、ゲストには実相寺作品の常連であり『ラ・ヴァルス』『ディアローグ』に出演された堀内正美さんがいらっしゃいました。
当時、何故か僕は堀内さんとFacebook上で友達関係であり、このオールナイトの事も話題になって「サインの時間ではお声かけしますね!」とこちらから振っておいたクセに、当日になると委縮して声をかけられず遠くから眺めているだけ…という情けない結果になったのです。
加えて「貴重な機会だから絶対寝ないぞ!」と心に誓ったのに、部分的にとは言え4本中3本をうたた寝で完走(しっかり観たのは『アリエッタ』のみ)出来ず… タイムマシンで戻りたい出来事の一つです。
このチケットだけは、しっかりと手元に残しています。

20171223日「オーディナリーなライフにブリリアントな瞬間があるんだよナイト」
『パターソン』(2016)→『人生はビギナーズ』(2010)→『スモーク』(1995)
 
未見作品は『人生はビギナーズ』だけで、好きな映画たちを一気に観られる!といった気持ちで行ったのでした。
ところが軽やかな語り口の『人生~』に魅了され、マイク・ミルズ監督は忘れられない監督となりました。
京都シネマで初めて観た『パターソン』は「ジャームッシュの原点回帰」みたいな宣伝に期待し過ぎて「こんなもんかな」止まりでした。しかし大きなスクリーンで対峙する事で、映画に描かれる大小様々な出来事をしみじみと味わえて、だんだん好きな映画になっていきました。
『スモーク』は当時のフィルムで上映され、字幕の位置も現在の下側ではなく右側縦書き表示で何だか新鮮。
クリスマスが近い時期に、人生の甘いも酸いも描かれた映画たちに元気をもらえたANでした。
 
 
ザッと書き出すつもりが、結構な分量となってしまいました。しかし、これら以外にも「園子温ナイト」「映画監督・豊田利晃ナイト」「アリスメンタルジャーニーNight」「チミノの門を叩け!ナイト」(『ディア・ハンター』のフィルム上映はトラウマ)「片渕須直オールナイトin京都」「映画大好きナイト」「Start Me Up -イ・ク・ぜ!ナイト-」等、多くの忘れ難いANがありました。
映画は観るだけじゃなく、向かう道中の高揚感や休憩時間の過ごし方、帰り道の余韻を楽しむひとときなど、様々な時間が合わさって「映画を楽しむこと」なんだと、みなみ会館のANは教えてくれました。

2023年10月1日日曜日

第26回 京都みなみ会館のこと

こんにちは!
2023年930日、京都市内にある一つの映画館が閉館しました。
その名は、京都みなみ会館。
京都シネマや出町座など、京都市にはいくつかミニシアターがありますが、その中でも個人的に多く通っていたのが本館でした。
今回は通常の映画レビューをお休みし、この映画館についての思い出を書き留めようと思います。

*思い出があり過ぎて、一つの記事にまとめるには多すぎる事が判明しました。
なので3つの記事に分ける事にして、連日投稿します!
先ず1回目は「京都みなみ会館の思い出」について。
2回目は「京都みなみ会館のオールナイト上映」
3回目は「京都みなみ会館で印象に残った映画たち」についてです!



2011年。京都造形芸術大学映画学科の学生になって、大分県から京都市にやって来た僕が感じたことは、地元に比べて「文化が多い」というものでした。
恵文社やガケ書房といった個性的な本屋、数多くのカフェと喫茶店、ビデオ1とビデオ・イン・アメリカという、置いている作品の豊かさが尋常じゃないレンタルビデオ屋、そして映画館。


あの頃は、京都シネマと京都みなみ会館の二強でした。
京都シネマは四条烏丸のビルにある映画館で、ミニシアターらしいラインナップが魅力の映画館。地下鉄でアクセスしやすいのもあってか、ご年配の方々も多い印象。スクリーンは大小合わせて3つありました。
対して東寺の近くにある京都みなみ会館、その外観に最初は驚きを隠せませんでした。
なぜなら、見た目がパチンコ屋みたいだったから!

館内は名画座みたいなロビーで、スクリーンは大きなのが一つだけ!
なんて潔いんだ!?
上映される作品もアクションやホラー、インディーズ系の映画が多く「取っつきやすいアングラ映画館」といった雰囲気でした。

みなみ会館で最初に観たのは何の映画だったか、さすがに記憶の彼方なのですが、過去の上映スケジュールを見ているとオールナイト企画「松田龍平ナイト」か、エレイン・メイ監督の『マイキー&ニッキー』(1976)辺りかなぁと思われます。
でも『マイキー~』は予告編を観た気もするので一発目ではないか…?
しかし、オールナイトを一発目にする度胸もなかった気が……?
よもやソフィア・コッポラの『SOMEWHERE(2010)ではあるまいて。
人の記憶とは、いい加減なものです。
今でこそ映画鑑賞ノートをつけているものの、この頃はまだ付けてなかったので記録に残っていませんでした。トホホ。


大学生の頃は烏丸今出川と鞍馬口の中間あたりに住んでいた事もあって、必ずと言っていいほど自転車で向かっていました。
若くて元気があったワケですが、今なら毎回とはいかなくともバスや地下鉄を駆使したでしょう。地元の高校に20分ほどかけて通学していたので、北白川にある大学へ行くのも苦ではありませんでした。
その延長線上に「みなみ会館へはチャリで」があったのだと思います。


みなみ会館の斜め向かいには「喫茶 一本木」というお店があり、映画の前後によく利用していました。
店内は古き良き喫茶店ですが、置かれてある小さなテレビにはミュート状態にした往年の映画が流れていて、トイレには映画関係のポスターやポストカードが貼ってありました。
みなみ会館が一旦閉館してからもお店は続いていたようですが、新みなみ会館になった時には閉店していました。
大好きだったハンバーグサンドを「もっと食べたかった」と悔やんでも、後の祭りなのです。

閉館だの新みなみだのと書きましたが、みなみ会館は建物の老朽化による取り壊し&移転工事のため、20183月に一旦閉館しているのです。
この頃、一応は社会人として生きていたので以前ほど通えておらず、そのニュースにビックリしつつもどこかに距離を感じていたのが正直なところです。
 

新しい京都みなみ会館が出来たのは、翌2019年の8月。
前の雰囲気とは一新して2階建てのモダンな建物、スクリーンも巨大なスクリーン12階に小さめのスクリーン23があり、新しい映画館が誕生したのだと胸躍らされました。
新みなみで最初に観た映画は、石井岳龍監督の『パンク侍、斬られて候』(2018)でした。
『狂い咲きサンダーロード』(1980)『爆裂都市』(1982)など、パンクな映画を撮る人として知られる石井聰互監督が石井岳龍と改名してからは、映画もどこか内省的になったような気がして追っかけていませんでした。
「オープニング上映に選ばれてるし、どんなもんかな」とエラソーな気持ちで観てみたら何とも愉快痛快な映画で、石井監督の事も見直しましたし、綾野剛、北川景子、渋川清彦、村上淳といった「苦手だなぁ」と感じていた俳優陣が素晴らしい!
映画って出会いの場だよなぁと、つくづく痛感した新みなみ会館デビューでした。
 
過去の上映分を見てみると、新みなみは20192020年にかけて、出来てから12年に多く行っていたようです。
仕事も忙しくなってくると間隔が空いてしまい、ここ最近では「映画館に行くこと」自体が「よしっ、行くぞっ」みたいな、何か気合を入れて向かう感じになってきている始末。
以前のように「映画館で何か観よ」と軽いノリではなくなってきていました。
 

ただ、何度か通ううちに近隣のお店を開拓したり付近を散歩する事も増えていきました。
決めてかかっているお店が無い場合、新しい冒険も出来るというもの。
そこで見つけたのが、喫茶Cizzol(キズール)
かつて一本木のあった場所に出来ており、ちょっと覗いたろくらいの気持ちで入ってみました。お洒落なカウンターの奥には、一組のテーブルと小さなテレビ。そこにはロバート・デ・ニーロが監督と主演を兼ねた『ブロンクス物語』(1993)が流れていました。
ん、なんかデジャブ…。でもメニューは全然違うしなぁと思っていると、何と店主さんは一本木の方でした。
一本木が閉店した後、建て替え工事をして2020年にオープンさせたそう。
かつての一本木を知っている身からすると、こんなに嬉しいサプライズはありません。
映画だけでなく、素敵なお店時間も見つけてしまいました。
 

しかし、新みなみがオープンしてから4年。
今度こそ本当に閉館するというお知らせを受け取った時は、驚いたと同時に、12年間の京都生活に一つのピリオドのようなものが打たれたような感覚になりました。
唖然茫然とはこの事で、この23年の事を思い返して「もっと行って観ておけばよかった」と後悔しきりでした。僕だけでない、他のみなみ会館ファンの方々もそう思ったでしょう。
7月には『バニシング・ポイント』(1971)『エリック・クラプトン アクロス24ナイツ』(2023)8月は『恐怖の報酬』(1977)『戦争のはらわた』(1977)に行ってきました。いずれも大好きな、そして大スクリーンで観たかった映画たちでした。感無量とはこの事です。
 
そして先日9/26()、京都みなみ会館で観る最後の映画に行ってきました。
『アザー・ミュージック』(2019)というドキュメンタリーで、店員にもお客にもアーティストにも愛された一軒のレコードショップが閉店するまでの様子を撮影した映画です。
映画そのものも音楽愛、お店愛に包まれた素晴らしい作品だったのですが、みなみ会館の状況とどうしてもダブってしまい……。映画上映後、館内のロビーや建物の正面写真を撮ろうとした時に「うっ」と抑えられなくなりました。
本当に終わってしまうという実感が、不意に押し寄せてきたのです。
最後に観るにはあまりにも寂しく、でも、だからこそ最後で良かったとも思える唯一無二の映画体験でした。
 
京都みなみ会館は1964年からスタートしており、場所を変えながらも約60年間、映画を上映し続けてきました。
僕がみなみ会館に触れたのは12年間。長い歴史からすると短いものですが、全体の6分の一ほど共に過ごしたんだと思うと、何だか前向きな気持ちになれました。
僕の京都生活は、そのまま京都みなみ会館と過ごした時間でもあります。
映画館そのものはなくなっても、記憶はいつまでも残り続け、語り継がれていきます。
「かつて、京都市内にこんな映画館があったんだ」と……。