この記事を書いている10/23現在、天気は曇り。曇り模様の時に聞きたい音楽はサティ、観たい映画とくれば黒沢清。
というワケで、黒沢清の新作レビュー、2本目の作品をご紹介します!
『Chime』(2024年 監督・脚本:黒沢清 主演:吉岡睦雄)
料理学校で講師として生計を立てている男、松岡(演:吉岡睦雄)。ある日、生徒の一人が「チャイムのような音が聞こえる。誰かがメッセージを送ってきている」と言いだし、別の日に自害した。平凡な毎日を過ごしていたはずの松岡の生活が、「音」をキッカケに徐々に狂いだしていく……。
配信の独占販売という制作体制で作られた本作。映画館でもボチボチ上映されており、シネマ5での上映に乗っかる事が出来ました。上映時間が45分と中編規模の短さですが、その短さを活かして、最も黒い部分の「清エキス」が凝縮された形となっております。
最初のタイトルバックが料理教室の天井を映しているもので、パッと見「このメタリックなものはなんだ?」と不思議な感覚に陥ります。それがパンして、映っているものが調理風景だと認識して初めて料理教室の天井だと分かり、この不思議な導入からして只ならぬ雰囲気です。
「何か、なにかヤバい事が起こるぞ」と思わせる入り方です。
そして、生徒たちに優しく指導している松岡の姿。この時点で松岡の目に生気がない辺り、さらに不気味です。
そして、あらすじに書いた通りに進んでいくわけですが、本作は人物たちに聞こえている(であろう)「音」を際立たせるためか、音楽を基本的に流さず、調理器具や生活の場音などの「日々に溢れている音」を観客に意識させるような音響設計をしています。
包丁で材料を切る音が、包丁をまな板に置く音が、村岡の妻(演:田畑智子!)が取り憑かれたように空き缶を「ガラガラガラガラ」と捨てる音が、全てが薄気味悪い。
時々「おやっ?」と思わせる音が聞こえてきて、「これがチャイムの音なのかしらん」なんて思いながら鑑賞しつつ。
妻が取り憑かれたように~と書きましたが、今までの清映画がそうであったように、本作でも「家庭=安住の場所」ではありません。むしろ清映画においては、外界で起こっている不可解な出来事や事件ばりに「家庭=不穏な場所、休まる事のない場所」として描かれています。
「家庭を持つ事とは外へ向けたかりそめのもので、その実態は墓場のようなもの」とでも言っているかのようです。こわいなぁ。
聞こえたのか否か、中盤に村岡は「ある行動」に出ます。その時の感情が一切こもっていない表情、動作。
「あぁ、操られている人ってこう動くのかも」と思わせるほどの動きで、吉岡睦雄という役者は心底恐ろしい人だとドン引きしました。
(『Cloud』でも得体の知れない自警団メンバーを演じていて「なんだこの人は」と面食らいました。上手い人だ……)
疑心暗鬼にかられた村岡が家の中で見たもの、そして家の外を出てから見た、聞いたもの。
何が映っているのかよりも「何かが映ってしまっているように見える、何かが聞こえてしまっているように聞こえる」という描き方をしたこの一連のシーン。
このシーンで僕は「もう……もう、やめてくれぇ」と大変ゲンナリしてしまったのです。禍々しい雰囲気と音が、全身に襲い掛かって来るような感覚。
それまでのくだりも充分怖かったのですが、トドメを刺されてしまいました。
もう一回観たいと思いつつ、2日連続で観るような映画ではない(そんな事したら、数日動きたくなくなると思う)し、かといって一週間限定上映だったため、その時の1回で終わったワケですが……。嫌なもの、怖いものって頭にこびりつくものですね。
最近は『散歩する侵略者』(2017)『スパイの妻』(2020)『Cloud』(2024)など、メジャーな作品でも確かな手腕を発揮していた黒沢清監督。ここに来て、小粒ながら原点回帰とでも言いたくなる傑作を放ってくれました。
この監督は十八番演出が多いので、ともするとマンネリと揶揄されそうなものです。
しかし、どの作品もしっかりとハラハラドキドキ、時々ジメ~っと嫌~な気持ちにしてくるので、流石だなぁと新作を観る度に感心しちゃうのでした。
本作にも『Cloud』にも、ヒラヒラとなびきながら観客を恐怖へと導く 「清カーテン」の描写、ありますよ! |
さぁ、黒沢清監督の新作『Cloud』『Chime』の感想を書いてきました。
ここでお気づきかと思いますが、僕は柴咲コウ主演の『蛇の道』(2024)を見逃してしまいました……。哀川翔が主演のオリジナル版は、黒沢さん作品の中でも上位に来る好きな映画なのと、大好きなマチュー・アマルリックさんが出ている(舞台をフランスにしている!)のもあって凄く観たかったんですが……。場所とタイミングが合わなかった……悔しい。
何はともあれ、黒沢清監督はまだまだ衰え知らずの監督だという事で一つ、今回の記事の〆とさせていただきます。
ではまた!