2023年10月4日水曜日
第29回 京都みなみ会館、閉館後へ行くの巻
2023年10月3日火曜日
第28回 京都みなみ会館で観た印象深い映画たちのこと
2023年9月30日、京都市内にある一つの映画館が閉館しました。
その名は、京都みなみ会館。
京都シネマや出町座など京都市にはいくつかミニシアターがありますが、その中でも個人的に多く通っていたのが本館でした。
今回は通常の映画レビューをお休みし、この映画館についての思い出を書き留めようと思います。
1回目に書いた「京都みなみ会館のこと」はコチラから。
オッサン二人がうろついて、飲み食いして、くっちゃべって、喧嘩する。たったそれだけの事が、どうしてこんなに切なくなるのか。それはきっと、誰にだって起こり得る事だから。
ジャンル映画の形を借りて人間普遍の姿をフィルムに焼き付けたエレイン監督は、素晴らしいなぁ。
思い入れの深さも込みではありますが、マリック監督永遠のテーマである「人と自然が生きる事、人という生き物のちっぽけさ」をバランスよく見事に描いた作品は、やはり本作に尽きると思います。
戦争によって何を得られる?それ以上に何を失う?
現実に起こった事を寓話のように描き、強烈なメッセージと共に映画で届けた思いを、僕たちは今一度受け止めて現実と照らし合わせ考えていかなければなりません。
しかし根底的なところは美しいものを観ているような、そんな気になっていました。
その上映回には松井監督のトークショーがあり、危なっかしい撮影の裏話も聞けました。
映画学科で映画制作を学んでいる身としてはタメになりましたが、さすがに真似は出来ません……。
観たのはその時の一回限りで忘れている箇所も多いので、今見返すと当時より驚いたり「げぇ~」となるかもしれませんが、それもまた映画との面白い再会だな、とも感じるのです。
そして観に行ったら…… 好きなアニメ映画のトップに躍り出ました。
こんなに静かで、神秘的で、美しくて、情熱的で、切ないアニメは観たことがありませんでした。
別役実による詩情をたたえた脚本。ますむらひろしによる「猫をキャラクターデザインにする」大胆さ。細野晴臣による身体の奥底にまで響いてきそうな美しい音楽。田中真弓、坂本千夏らによるキャラクターの「心」に寄り添った確かな演技。そしてそれらの要素をバラバラな印象にせず見事に紡ぎあげた、杉井ギサブローの演出力。
確か本作も、フィルムで観たような気がします。
フィルムで触れる暗闇は、どこまでも続くような魔力がありますね。
上映が終わって自転車での帰り道。地上の光であまり見えない真夏の星空を見上げながら想いを馳せたことは、言うまでもありません。
度々行われていたロマンポルノの特集に行く際、僕はいつもそんな感じでした。
一番好きな神代映画は『赫い髪の女』ですが、『恋人たちは濡れた』の美しい“運動”を映画館のスクリーンで観れた事は忘れられない体験です。
田中監督の場合は「きちんと物語を語っており、その中でハッとするようなイメージを持ち込む人」という印象。『めす市場』のゲリラ撮影による猥雑なリアリティーは、物語に重要だからこそ撮れた田中監督ならではの表現だと思いますし、『人妻集団~』での粗筋だけでは伝わらない映画の(若者たちの、と言っても良いか)躍動感と確かな描写は、たった一度の鑑賞にも関わらず今でもありありと思い出す事が出来ます(Blu-ray化かDVDの再版してくれー)
ものの見事に寝てしまいました。DVDで再チャレンジしても寝落ちして、完走できたのは何度目のリベンジだったか。
音楽を聴くように映画に身を浸すという例えが、この監督ほど似合う監督もいないのではないでしょうか。
勇んで椅子にもたれかかると、いずれの作品も長尺で長回しが多く、またしても心地よい眠りに……。
しかし、どの映画にも忘れ難いショットやイメージがあり「ああ、この一つのショットだけでこの映画の事はずっと忘れないな…」と思ったものです。
時にシリアスで、時に(群衆のワチャワチャ具合が)ユーモラスに見えるアンゲロプロスの映画。
不慮の交通事故で亡くなってから11年になりますが、未だにショックが続いています。
何故これが印象深いかと言うと、下世話な話ながら鑑賞中すさまじい腹痛と便意に襲われ、一刻も早くトイレに行きたかった映画体験だからなのです。
「トイレに行きたきゃ行けば良いじゃん」と言われると「ですね」としか答えようがないのですけど、やはり我慢できるものなら全編を目に焼き付けたいではありませんか!
171分ある内の何分くらいから行きたくなったのかな…… まだまだ中盤、といった辺りだったか。
そんな大林さんも『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(2020)を遺作として、彼岸の人となりました。
生きている時は最新作も「監督ってば、またこんな変な映画撮ってさ~」なんて冗談を言えたものですが、新作がない現在ではカオスの極み&ふざけ倒している旧作(『HOUSE ハウス』や『ねらわれた学園』など)すら、観ていると悲しくなってきます。
結末だって分かっているのに、それでも毎度ハラハラしてしまう。何度も観たクレジットなのに、いつも「カッコいいぜ!」と唸ってしまう(なぜか僕は、黒地にデカい白文字のタイトルクレジットが大好きなんです)。
映画鑑賞って、単に「気になる映画を観に行く」時があったり「イベント的なノリで観に行く映画」の時もあります。
人物たちと一緒に崖っぷちを走り、吊り橋のシーンで運命のイタズラに驚愕・戦慄し、時折ホッと胸をなでおろす。大きなスクリーンで観るからこそ、こんな風に疑似体験的に映画を楽しめるんでしょうね。
オープニングから涙ちょちょ切れ状態で、何度観てもジョニ・ミッチェルがカッコよくて、オイシイのはやっぱりボブ・ディランで、だけどザ・バンドの話からアメリカのロック音楽史が垣間見えるような気がして……。
まだ大分県にいた高校生当時、今はなき映画秘宝で本作の存在を知り、地元の映画館シネマ5で観たのが最初でした。
輸入盤Blu-rayも持っていた(わざわざ輸入盤なのは、国内盤にあった無粋極まりないモザイクが無かったから)けれど「映画館で再び、しかもフィルムで観れる!」とあって、問答無用で鑑賞してきました。
いつ観ても感動の映画ですが、その時ほど待ちわびて堪能した時間はなかったです。
何度か観ていたぶん細かいところまで目が届き、改めて丁寧に描かれた映画なのだと気づきました。
生活に困っていたり、新しい土地で人生を始めようとする若者たちがバンで移動しながら、雑誌販売で生計をたてるという筋書き。演技経験のない人たちを集めたと言いますが、どの人物も存在感ありありで演技の引き出し方が上手いんだと思います。主人公スター(ティーンエイジャーの女の子)は当初戸惑うものの、この移動するコミューンに慣れてきて疑似家族のような関係になっていきます。
定住の日々で味わっていたクソみたいな毎日から抜け出し、決して楽ではないけど楽しみも悲しみも共有できる仲間がいる。これは逃避でもなんでもなく、それぞれが自分の意思で導き出した生き方の一つ。
果てしなく旅は続くけど、映画には限りがあります。163分の長尺も、流れに乗ってしまうとあっという間の時間でした。
日本ではソフト化されていない&上映がたった1日(後日、もう1日だけ上映されました)とあって、大盛り上がりの上映でした。
本当に個人的に印象的な映画の列挙だったので、「お前の話なんか知らんよ」と思われるかもしれません。
でも、こうして思い出しながら書き留める事で頭の中に残っていた映画たちが文章となって残り、映画の記憶だけでなく無くなった映画館そのものの記憶も、いつだって思い出す事が出来るのです。
数々の映画と、それにまつわる思い出を有難うございました。
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2023年10月2日月曜日
第27回 京都みなみ会館のオールナイトのこと
2023年9月30日、京都市内にある一つの映画館が閉館しました。
その名は、京都みなみ会館。
京都シネマや出町座など、京都市にはいくつかミニシアターがありますが、その中でも個人的に多く通っていたのが本館でした。
今回は通常の映画レビューをお休みし、この映画館についての思い出を書き留めようと思います。
1回目に書いた「京都みなみ会館の思い出」はコチラからご覧ください!
「大学生で時間とヒマがあったから」と言えばそれまでですが、今現在の生活では考えられないくらいオールナイトへ行っていました。
「コレを観たい!」と思って行ってみると、ラインナップの中にあるノーマークだった映画が面白くて新しい発見、なんて事もありました。こういう出会いがあるのも、ANの良いところです。
人気のANになるとロビーに収まらずに出入り口まで長蛇の列が…… なんて光景も、コロナ後である現在からすると幻のようにも感じられます。
『46億年の恋』は寝ぼけ眼での鑑賞だったので、歪みまくった夢を見ているような感覚に陥りました。
今や偏愛映画である『恋の門』(2004)も、この時に鑑賞してゾッコン惚れこんだのでした。
それにしても松田龍平は、つくづく映画映えする顔です。
しかしこのANのおかげで、京都みなみ会館=『トレインスポッティング』という図式が出来上がりました。
(『トレインスポッティング』と『青い春』は、その後も度々上映されていたため)
スタートを切るにふさわしい大迫力大興奮の3本ですが、驚いたのはゲストでいらした久保明さん。
若い頃の優しく甘いマスクはそのままで素敵に年を重ねられており、思わず「自分ときたら…」と意味もない比較をしてしまいました。ちなみに久保さん、上映された『怪獣大戦争』の事はあまり記憶になく、なんといっても『マタンゴ』(1963)が印象深い仕事だったとトークイベントで仰っていました…。
怪獣映画祭の司会者として毎回来ていた木原浩勝さんは、新耳袋の人として名前だけは知っていました。
が、氏が凄い怪獣オタクかつジブリで働いていたと知った時は「人生色々だなぁ~」と、変な驚き方をしてしまいました。
『台風クラブ』のうねるような熱量と悪夢っぽさにクラクラした後の『お引越し』は、〆にふさわしい爽やかっぷりでした。
*『翔んだカップル』はディレクターズ・カット版で上映されたのですが、タイトル曰く『翔んだカップル ラブコールHIROKOオリジナル版』が正式名称だそうで…… なんか凄いな。
『青い春』(2001)→トークショー(新井浩文、能野哲彦、村上淳)→『タクシードライバー』(1976)→『殺しの烙印』(1967)→『コントラクト・キラー』(1990)
主演の新井浩文目当ての女性客でごった返していたかと思うと、彼のトークショー(村上淳も登壇)が終わった途端ゴッソリ観客数が減った事が、怒りと共に思い出されます。
「しょせん映画じゃなくてナマの有名人見たいだけかよっ!」と。
しかも『殺しの烙印』の時にはシュールさ故か笑いが漏れ、しかも笑いの種類が「俺(私)たち、ちゃんと分かってますよ」的な冷笑的な笑いだったため、それにも腹を立てるっていう…… 我ながらめんどくさい映画ファンです。
石井輝男監督の『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969)がデカいスクリーンで観れるとあって、勇んで行った覚えがあります。
ケッタイな映画の代名詞として名を知られている本作ですが、なかなか泣かせるシッカリした映画だと思うのは僕だけですか!?
後の2作品は、お二人の選んだ覆面上映。トモロヲさんの選んだ一つは覚えているのですが、みうらさんが何を選んだか、忘れてしまいました…。
舞台で起こるフクロウ男による連続殺人は画作りや殺され方などが凝っており、つかみバッチリのオープニングシーンも格好良く、嫌らしさのないビジュアリストっぷりに大いに酔わされました。
後年観た『デモンズ‘95』(1994)も、噂に違わぬ傑作でした。
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『地獄』のタイトルバックは、デカデカと殴り書きのクレジットにストリップ風の映像と叫び声や荒ぶる音楽が乗っかるという、実に気〇いじみたものですが、みなみの大スクリーンでそれを観た時、お口あんぐりになってしまいました。こんな強烈な『地獄』は初めてだ!と、ボケた目でもハッキリ分かる映像の力でした。
このANは友人と行っていて、しばらくは田村役で出演していた沼田曜一のモノマネばかりしてました。
「接吻しろぉ!」とか「黙れぇ!」とかです。田村が出て来る時の異常な効果音(ビュウゥッ!と強い風の音のような)もマネしてました。バカですね~。
そして目玉は『マタンゴ』の上映。何故かと言うと、このANのために劇中で食べるキノコを和菓子屋さんに頼み、再現販売してもらったからなのです!
名付けて、マタンゴのきなこもち。
しかも中野昭慶特技監督がビデオメッセージで出演し、撮影時の思い出話を語ってくれるオマケつき。
みんな(僕らも)ゾロゾロ並んで購入し、映画の終盤、水野久美が「美味しいわぁ」と言いながらキノコをパクつき、それを見た土屋嘉男が美味しそうに食べるのに合わせて「カシャカシャ…」と一斉にフードパック(プラスチックのお惣菜入れるヤツ)を開く音が。そして各々、真夜中に甘~いきなこもちを頂いたのです。
「あそこまで一体感のあるシュールな映画体験は無いんじゃなかろうか、いや、無い!」と断言できるほど、面白いANでした。
実相寺監督はテレビや映画のみならずアダルトビデオも撮っていた人ですが、それらを上映するという珍しい企画で、ゲストには実相寺作品の常連であり『ラ・ヴァルス』『ディアローグ』に出演された堀内正美さんがいらっしゃいました。
当時、何故か僕は堀内さんとFacebook上で友達関係であり、このオールナイトの事も話題になって「サインの時間ではお声かけしますね!」とこちらから振っておいたクセに、当日になると委縮して声をかけられず遠くから眺めているだけ…という情けない結果になったのです。
加えて「貴重な機会だから絶対寝ないぞ!」と心に誓ったのに、部分的にとは言え4本中3本をうたた寝で完走(しっかり観たのは『アリエッタ』のみ)出来ず… タイムマシンで戻りたい出来事の一つです。
ところが軽やかな語り口の『人生~』に魅了され、マイク・ミルズ監督は忘れられない監督となりました。
京都シネマで初めて観た『パターソン』は「ジャームッシュの原点回帰」みたいな宣伝に期待し過ぎて「こんなもんかな」止まりでした。しかし大きなスクリーンで対峙する事で、映画に描かれる大小様々な出来事をしみじみと味わえて、だんだん好きな映画になっていきました。
『スモーク』は当時のフィルムで上映され、字幕の位置も現在の下側ではなく右側縦書き表示で何だか新鮮。
クリスマスが近い時期に、人生の甘いも酸いも描かれた映画たちに元気をもらえたANでした。
映画は観るだけじゃなく、向かう道中の高揚感や休憩時間の過ごし方、帰り道の余韻を楽しむひとときなど、様々な時間が合わさって「映画を楽しむこと」なんだと、みなみ会館のANは教えてくれました。
2023年10月1日日曜日
第26回 京都みなみ会館のこと
2023年9月30日、京都市内にある一つの映画館が閉館しました。
その名は、京都みなみ会館。
京都シネマや出町座など、京都市にはいくつかミニシアターがありますが、その中でも個人的に多く通っていたのが本館でした。
今回は通常の映画レビューをお休みし、この映画館についての思い出を書き留めようと思います。
先ず1回目は「京都みなみ会館の思い出」について。
2回目は「京都みなみ会館のオールナイト上映」
対して東寺の近くにある京都みなみ会館、その外観に最初は驚きを隠せませんでした。
なぜなら、見た目がパチンコ屋みたいだったから!
なんて潔いんだ!?
上映される作品もアクションやホラー、インディーズ系の映画が多く「取っつきやすいアングラ映画館」といった雰囲気でした。
みなみ会館で最初に観たのは何の映画だったか、さすがに記憶の彼方なのですが、過去の上映スケジュールを見ているとオールナイト企画「松田龍平ナイト」か、エレイン・メイ監督の『マイキー&ニッキー』(1976)辺りかなぁと思われます。
でも『マイキー~』は予告編を観た気もするので一発目ではないか…?
しかし、オールナイトを一発目にする度胸もなかった気が……?
よもやソフィア・コッポラの『SOMEWHERE』(2010)ではあるまいて。
人の記憶とは、いい加減なものです。
今でこそ映画鑑賞ノートをつけているものの、この頃はまだ付けてなかったので記録に残っていませんでした。トホホ。
若くて元気があったワケですが、今なら毎回とはいかなくともバスや地下鉄を駆使したでしょう。地元の高校に20分ほどかけて通学していたので、北白川にある大学へ行くのも苦ではありませんでした。
その延長線上に「みなみ会館へはチャリで」があったのだと思います。
店内は古き良き喫茶店ですが、置かれてある小さなテレビにはミュート状態にした往年の映画が流れていて、トイレには映画関係のポスターやポストカードが貼ってありました。
みなみ会館が一旦閉館してからもお店は続いていたようですが、新みなみ会館になった時には閉店していました。
大好きだったハンバーグサンドを「もっと食べたかった」と悔やんでも、後の祭りなのです。
この頃、一応は社会人として生きていたので以前ほど通えておらず、そのニュースにビックリしつつもどこかに距離を感じていたのが正直なところです。
前の雰囲気とは一新して2階建てのモダンな建物、スクリーンも巨大なスクリーン1と2階に小さめのスクリーン2と3があり、新しい映画館が誕生したのだと胸躍らされました。
新みなみで最初に観た映画は、石井岳龍監督の『パンク侍、斬られて候』(2018)でした。
「オープニング上映に選ばれてるし、どんなもんかな」とエラソーな気持ちで観てみたら何とも愉快痛快な映画で、石井監督の事も見直しましたし、綾野剛、北川景子、渋川清彦、村上淳といった「苦手だなぁ」と感じていた俳優陣が素晴らしい!
映画って出会いの場だよなぁと、つくづく痛感した新みなみ会館デビューでした。
以前のように「映画館で何か観よ」と軽いノリではなくなってきていました。
決めてかかっているお店が無い場合、新しい冒険も出来るというもの。
そこで見つけたのが、喫茶Cizzol(キズール)。
ん、なんかデジャブ…。でもメニューは全然違うしなぁと思っていると、何と店主さんは一本木の方でした。
一本木が閉店した後、建て替え工事をして2020年にオープンさせたそう。
かつての一本木を知っている身からすると、こんなに嬉しいサプライズはありません。
映画だけでなく、素敵なお店時間も見つけてしまいました。
唖然茫然とはこの事で、この2~3年の事を思い返して「もっと行って観ておけばよかった」と後悔しきりでした。僕だけでない、他のみなみ会館ファンの方々もそう思ったでしょう。
7月には『バニシング・ポイント』(1971)『エリック・クラプトン アクロス24ナイツ』(2023)、8月は『恐怖の報酬』(1977)『戦争のはらわた』(1977)に行ってきました。いずれも大好きな、そして大スクリーンで観たかった映画たちでした。感無量とはこの事です。
『アザー・ミュージック』(2019)というドキュメンタリーで、店員にもお客にもアーティストにも愛された一軒のレコードショップが閉店するまでの様子を撮影した映画です。
京都みなみ会館は1964年からスタートしており、場所を変えながらも約60年間、映画を上映し続けてきました。
僕がみなみ会館に触れたのは12年間。長い歴史からすると短いものですが、全体の6分の一ほど共に過ごしたんだと思うと、何だか前向きな気持ちになれました。
僕の京都生活は、そのまま京都みなみ会館と過ごした時間でもあります。
映画館そのものはなくなっても、記憶はいつまでも残り続け、語り継がれていきます。
「かつて、京都市内にこんな映画館があったんだ」と……。
2023年9月10日日曜日
第25回 秋の夜長にボク無能? 『無能の人』でしみじみ。
こんにちは!
暦の上では夏は終わり、秋に突入します。秋は一番好きな季節であると同時に、ちょっとおセンチな季節だとも思います。そんな時に、笑えてしんみりして少し元気の出る映画はいかがでしょうか?
『無能の人』(1991年 監督・主演:竹中直人)
漫画家・助川助三(演:竹中直人)は「娯楽漫画を描いて食っていく」という道を捨て、古物商、中古カメラ屋、そして今は河原で石を売る石屋として暮らしている。勿論そんな状態では生きていけないため、妻・モモ子(演;風吹ジュン)は団地のチラシ配りや競輪の受付嬢などをして日銭を稼ぐ日々。助川は石業界の権威ある人物に出会って石オークションのために探石行へ出たり、河原の渡し場を復活させようと再起を図るのだが…?
日本が誇るアングラ漫画『ねじ式』『ゲンセンカン主人』の作者である漫画家・つげ義春。
彼は凄~くアングラな漫画を描く一方、自身をモデルとした貧乏な人々の生活模様を描いた漫画も多く執筆。その代表格である連作「無能の人」を、マルチタレントかつ俳優でもある竹中直人が監督したものが本作です。
今では多くの監督作がある竹中さん、実はこの映画が初監督作品。それまでに知り合った映画業界の面々を集め、かつてなく豪華で手堅いデビュー作が出来上がりました。
撮影・佐々木原保志、照明・安河内央之など、竹中さんとも縁のある石井隆監督の常連スタッフによる画面の彩りは素晴らしく、ビシッと決めつつ“漫画風なカット”に仕上げているのには驚き。
つげ漫画の映画化はアングラ路線を推し進めてスベったり作家性が強く出て別物感になる事が多いですが、竹中監督はあくまで「原作に忠実に」作っています。その律義さ、誠実さに対し「アッパレ!」と言いたくなっちゃいます。
漫画だとなかなか素顔を出さなかった妻の描写も忘れずに、映画冒頭の風吹ジュンは後ろ姿ばかり。顔が映った後も様々な人物たちが背中を向けているショットが多く、つげ漫画の“背中で魅せる、語る人物像”の流れを何気に汲んでおり「エライなぁ(何様)」と感心するばかり。
漫画で描かれると描写の一つ一つに侘しさが募ったり暗い気持ちになったりするものの(けど、それがイイ)、映画だと少し和らいで見えるあたり「『無能の人』観ちゃおうかなぁ」とフラッと観ようと思わせてくれます。
それもあってか、観終わった後には不思議と元気になれる映画だったりします。何故でしょう。
様々なエピソードを忠実に描写しながらも、合間あいまに家族描写のエピソードをしっかりと描いたこと、一話一話で区切られる漫画と違って通しで観ることによって、時間の流れが停滞せずに人間模様を描けたことが大きいのでは… と思います。
「ダメ人間でも生きてるんだよぉ」「この世界に誰か一人でも、一緒に過ごせる人がいたら…」という人と人との愛、繋がり。そういった人間賛歌の部分がハッキリと見えてくるように感じました。そんな感じが、ちょっとアキ・カウリスマキ監督の映画に似ているかもしれません。
状況が大きく好転するワケでもないけど、一歩一歩しっかり地に足つけて歩く。
主人公一家のその姿を観て、そこに微かな希望を感じるのだと思います。
イラスト:城間典子
(本作は多くの有名人が友情出演しており、あまりに多くてクレジット順も「あいうえお順」という可笑しさ。つげ義春さんも出ており確認できたのですが、奥さんであり絵本作家でもある藤原マキさんは今のところ確認できず…)
2023年9月6日水曜日
番外編その2「映画、めくるめく冒険 ~初めての沖縄・後編~」
こんにちは! 

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| 沖縄っぽさを求めてセットドリンクをグァバジュースにしたものの、 やちむんで珈琲を飲んでみたかった… と思った時にはすでに遅し。 しかし、ジュースもフレッシュな美味しさだったのでした。 |
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